my オノマトペ。

何に興味があるか‥‥自分のことでした。

私にとっての物を手放すこと

今は実家の縁側でこの文章を書いている。椅子とラックで作った簡易的な机といつも使っていた椅子に座って。考え方一つで場所の捉え方も変わる。冷房がきいた部屋の中で文章を書くのもいいけど、自然の光と風の中で書くことがこんなにも気持ちいいなんで思わなかった。


そして以外にこの椅子と机がしっくりきている自分にも驚く。今のミニマリストブームに乗って物の持ち方を考えてみようと思っている日々でもあるが、親の生活をみて物の使い方を新しく考えるという方法もあるんだと思った。物を処分することも大切であるが、誰か使いた人にそれを差し出せる自分になること。今はそんな風になりたいと思っている。

思えば私は物を買うときには躊躇する子供だった気もする。ものをバンバン買える家庭でもなかったし、いつもいい物を長く使いたいという気持ちもあった。
だからこそ物に執着している自分がいるきがする。自分が選んで買ったものを手放せない私がいた。

特にそれに気づかされたのが、2014年に離島へ1年間に行くことになった時のことだった。
離島の人材確保のために本土から数か月~数年単位で赴任する人も多く、離島の職場からアパート(そのときはメゾネットタイプで月5000円くらい)、掃除機、布団、炊飯器、電子レンジ、冷蔵庫、ポット、テレビ台、テレビ、小さなテーブル、カーテン、整理ダンスがそれぞれ2つ(縦長、横長のもの)の一式が揃っていて日用品があれば生活できるようになっていた。

しかし私はなぜか自分の持っているものがいいと、とにかく自分のものを持ち込んだ。結婚式でもらったコードレスタイプの掃除機、布団、電子ケトル、ガラステーブル、壁掛け時計(持っていくとき一部われたけど、それを接着材で付けて使用していた)、デスクトップのパソコン、そして普段使っていた組み立て式の木のベッド。これに加え普段使っている食器・キッチン用具、洋服、雑貨、日用品……等。
そしてこれに加え今まで買わなかった物を買った。悩みに悩んでかっていなかったカーペット、最新式のオーブンレンジ、印刷機。

これはまた自分の結婚観にも大きく影響されていたと思う。この話をまた書くと長くなるのでまた別の機会に。
私は現代の理想化された家庭を作りたかったのかもしれない。そのとき、ちょうど29歳で30歳になる年だった。自分の選び抜いたもので生活を誰かがしてくれること、私の選んだスタイルを相手の押し付けていたのかも。

私の選んだものって心地いいでしょ。って感じで。

相手のものも受け入れる柔軟さ。しなやかさをこれから大事にしていきたい。
そういう意味でも物を減らすことって今の私に大切なのかもしれないな。